ストレスチェック制度の義務化の拡大と安全配慮義務
2025年5月、労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律(令和7年法律第33号)が成立し、同月14日に公布されました。この法改正により、3年後までに全ての事業者についてストレスチェックの実施が義務化されます。
ストレスチェックとは、労働者の心理的な負担の程度を把握するための検査をいいます(労働安全衛生法66条の10第1項)。労働者のストレスがどのような状態にあるのかを調べてメンタルヘルスの不調を発見することに役立てられる検査です。
現在、ストレスチェックの実施が義務づけられているのは常時50人以上の労働者を使用する事業場がある事業者に限定されており、それ以外の小規模な事業者については努力義務にとどまっています(同法附則4条、同法13条1項、同法施行令5条)。しかし、今回の法改正で同法附則4条が削除されたため、改正法が施行される3年後までに、これまでストレスチェックの実施が義務づけられていなかった事業者でも、ストレスチェックを定期的に(年1回以上)実施することが義務づけられることになりました。労働者を使用している事業者であれば、会社だけでなくそれ以外の団体や個人事業主であっても義務化の対象になります。
ストレスチェックのやり方は、本人が選択回答式の質問票に記入し、それを医師等の専門家が集計・分析するというものです。検査結果は本人に通知されます。検査の結果、ストレスが高く医師による面接指導が必要であると医師等に判断された場合に、本人が医師による面接指導を希望したときは、事業者はこれを行う義務を負います(同法66条の10第3項、同法施行規則52条の15)。面接指導を行った医師は、本人の健康を保持するために必要な対策について事業者に意見を述べます。事業者は、医師の意見を踏まえ、必要に応じ、本人の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の対策を講じなければなりません(同法66条の10第5項)。なお、厚生労働省は「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル」を策定・公表しています。このマニュアルは、ストレスチェック制度の実務を担う産業保健スタッフ等向けとされていますが、事業者が負う義務の具体的な内容やストレスチェック制度を運用する上での留意点などが詳細に示されていますので、参照価値が高いと思われます。なお、現在公表されているバージョンは現行法のものですが、今後、改正法が施行されるまでに改定されるようです。
さて、多くの事業者は、定期健診と同時にストレスチェックを実施すればよい、と考えるのではないでしょうか。実際に、企業健診サービスを提供する医療機関等の中には、定期健診とストレスチェックの同時実施を受託しているところもあります。
ストレスチェックの実施を医療機関等に外部委託し、定期健診と同時に実施してもらうこと自体は問題ありません。ただし注意すべきなのは、労働安全衛生法上、労働者には健康診断の受診義務が定められているのに対し、ストレスチェックの受検義務はない、という点です(同法66条5項)。そのため、事業者は、定期健診とストレスチェックが別個の制度であり、ストレスチェックを受けるのは強制でないこと等を事前に労働者に説明するなどして、定期健診と同様にストレスチェックにも受検義務があると労働者が誤解しないよう注意する必要があります。また、事業者がストレスチェックの検査結果を入手するためには、本人から任意に申告してもらうか、あるいは本人の事前同意を得て医師等から提供を受けることになります(同法66条の10第2項後段)。つまり、ストレスチェックの結果を報告するよう強制したり、本人の同意を得ずに医師等から提供を受けたりすることはできないことになっています。
事業者にはストレスチェックを実施する義務があるのに、労働者には受検義務がなく、検査結果を報告する義務もない、という点にとまどう経営者がいるかもしれません。しかし裏を返せば、事業者としては、ストレスチェックの実施体制を整備し、ストレスチェックを受けるよう社内で広く周知すればよく、実際に受検させる義務までは負わない、ということです。また、ストレスチェックの実施後も、要面接指導となった本人から申し出があった場合に産業医との面談をすみやかに手配し、産業医からの意見を踏まえて必要な対策を講じればよい、ということになります。これらの対応を怠ってしまうと、事業者が労働契約上負っている安全配慮義務(労働者が生命、身体等の安全を確保しつつ働くために必要な配慮をすべき義務)を果たしていないと評価されるリスクが高まる一方、これらの対応をしていれば、メンタルヘルスの不調を来した労働者との間で紛争が生じた場合でも、事業者側は安全配慮義務を果たしていたと判断されやすくなると考えられます。なお、例えば「社内でパワーハラスメント行為を受けたことによりメンタルヘルスの不調を来した」というような事案では、ストレスチェック制度の整備だけでなく、パワーハラスメント行為を防止するために必要な体制が整備され、正しく機能していたかどうかも問題になり得ます(詳しくは、2022年6月28日のブログ「パワーハラスメント行為の防止に必要な体制、整っていますか?~中小企業に対する義務化に対応するために~」をご覧いただければ幸いです)。
昨今では、メンタルヘルスの不調を理由にした休職、無断欠勤、退職等の事案が社会的に増加傾向にあると感じられます。こうした事案では、突然の欠勤等によって事業者側に不測の損害が生じる事例のほか、メンタルヘルスの不調について事業者の安全配慮義務違反が問題となる事例もあり、法的紛争に発展するリスクが隠れています。ストレスチェック制度は、事業者側からみれば、一定の負担ではあるものの、労務管理におけるリスクマネジメントに役立つツールでもあります。他方、労働者側からみても、目に見えないストレスによる心身への影響が「見える化」されることで、自身の健康を保つために有用な制度といえます。このように、ストレスチェック制度の普及は、事業者・労働者双方にとってメリットがあると考えられます。
弁護士K

